有田焼・伊万里焼きとは?歴史と特徴を解説|おすすめのうつわをご紹介

お皿やティーカップ、湯呑などに色鮮やかに描かれた絵柄が目を引く、「有田焼」。 有田焼は佐賀県西部、長崎県にも近いエリアで作られている磁器。食器だけでなく、美術工芸品としても世界で高く評価されている、日本を代表する焼き物のひとつです。 伊万里焼といっしょに名前を聞くことも多い有田焼。 この記事では、有田焼と伊万里焼の違いや特徴・歴史、おすすめの有田焼のうつわを紹介していきます。

有田焼とは?

有田焼とは、佐賀県西部の有田町とその周辺地域で製造される磁器のこと。有田は、日本で初めて磁器が焼かれた土地としても知られています。 17世紀初頭に生まれ、400年に渡り有田では食器や美術工芸品を中心とした作品づくりを続けています。

伊万里焼との違いは?

「有田焼・伊万里焼」といった文字の並びを見たことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。 有田と伊万里は佐賀県内の隣接したエリアにあります。有田焼は江戸時代、伊万里港から出荷されていたので、「伊万里焼」と呼ばれていた時期がありました。 明治時代以降産地が細分化され、有田町で作られた磁器は「有田焼」、伊万里市内で作られたものは「伊万里焼」と分けて呼ばれるようになりました。 エリアが近いこともあり、有田や伊万里で製造されている磁器は、「有田焼・伊万里焼」と呼ばれることもあります。出荷されていた港の名前で呼ばれたことが始まりで、もともとは同じものだったのです。

有田焼・伊万里焼の特徴

佐賀県有田町周辺エリアでつくられている「有田焼・伊万里焼」。その特徴は次の通りです。 ・白い磁器 ・色鮮やかな美しい絵柄 ・優れた耐久性 白の磁器に赤と藍色の美しい配色が有田焼の特徴。絵柄のデザインは、花や鳥なの自然をモチーフにしたものがメイン。ワンポイントのものもあれば、豪華絢爛に描かれたものまで、色、絵柄のバリエーションが豊富です。こういった点から、美術品や工芸品としても好まれる理由がおわかりいただけるでしょう。
さらに、有田焼にはさまざまな表現様式があり、大きく3つに分けられます。 ・古伊万里 ・柿右衛門 ・鍋島井藩窯 「古伊万里」は、佐賀県の有田や塩田、長崎県の波佐見、三川内などで、主につくられたもの。江戸時代初期、1610年代ごろから江戸時代終わりごろ(明治時代初期を含む場合あり)につくられたものを指します。 唐津焼と同じ技法を用い、素焼きをせずに釉薬をかけて焼いたものが多く、お皿の場合は、直径と比較して底についている台の径が小さいのが特徴です。
「柿右衛門」は、1640年代に初代柿右衛門(酒井田喜三右衛門)が、赤絵を始めたのが始まり。1670年代に白磁の美しさを活かした「柿右衛門」様式を確立しました。 主な絵柄の題材は、花や鳥。赤などの暖色系の色で描かれ、上絵の色には赤・黄・緑・青・紫・金などが用いられます。 上絵とは: 陶磁器の製作工程のひとつ。表面に釉薬をかけて高温で焼き、その上に、赤、緑、黄、紫などの色を使い、絵や模様を描いたのちに窯に入れて低温で焼くこと。 参考:コトバンク 色鮮やかで美しい「柿右衛門」様式は、ドイツの陶磁器ブランド「マイセン」にも深い影響を与えたと言われています。 「鍋島井藩窯」は、17~19世紀に佐賀鍋島藩の御用窯で作られた焼き物。主に藩の大名への贈答品、幕府への献上品としてつくられていました。 余白や絵柄は緻密に計算され、上絵は赤・黄・緑で文様が描かれます。青磁のものもあるのが特徴です。実用品としてつくられていたので、食器がメイン。サイズも決まったものが多いのが特徴です。 同じ有田焼・伊万里焼でも、様式によって作風や色使いが違います。また、有田焼の製作は、分業で行われます。成形、施釉、絵付、焼成の工程を、それぞれの職人が分担して作業しています。

有田焼•伊万里焼の歴史

有田焼が生れたのは1616年頃と言われています。始まりは豊臣秀吉が朝鮮に出兵した際、朝鮮の陶工・李三平を連れて帰ってきたこと。有田の泉山で磁器によい原材料が発見され、磁器が作られるようになりました。 ちなみによく聞く「磁器」と「陶器」の違いですが、「磁器」は原材料が珪石や長石などの石。「陶器」は、粘土が主な原材料。同じ焼きものでも混ざっている素材の違いで呼方も変わります。 有田の泉山に原材料となる上質な岩石があったこと。さらに1644年頃に隣国・中国の王朝交代による内乱が起こります。当時、中国の磁器が世界的なシェアを誇っていましたが、内乱により中国からの輸出が難しい状態に。 磁器の輸出が激減した中国に変わって、日本で製造されたものが代用されるようになったのです。1600年代といえば、江戸時代。1640年から日本は鎖国し、海外との関わりは中国とオランダのみでした。
1640年代中ごろから1650年代にかけて、有田では中国の技術を積極的に導入。有田焼は飛躍的な進歩を遂げます。1640年代後半には中国への輸出を開始し、1650年代になるとオランダへも出荷されました。日本の有田焼の進化に目をつけたオランダが、ヨーロッパ各国への輸出を解禁。 17世紀のヨーロッパには、薄くて丈夫な磁器をつくる技術がなかったこともあり、日本の磁器は高く評価されました。伊万里港から出荷された磁器は「伊万里」と呼ばれ、ヨーロッパの貴族の間で話題となり、「伊万里」を持つことがステータスになっていたのだとか。 オランダへの輸出がさかんになると、ヨーロッパの貴族の好みに合わせた磁器を生産。やがて中国の内乱が終わり、中国磁器の輸出量が落ち着いてくると、有田焼は日本国内向けの商品に切り替えていきます。 絵柄や形を日本人が好むものにしていきました。17世紀には富裕層のものとして使われていた有田焼も、食文化が豊かになるにしたがい、江戸庶民にも手の届くものとなっていきます。 その後、有田焼は1867年、幕末にパリで開催された「パリ万国博覧会(パリ万博)」に出品。当時の佐賀藩が出品した陶磁器は、パリのセーブル国立陶磁美術館に一部保管されているそうです。 明治維新以降、有田焼の製造が自由化されると、輸出を再開するために欧米向けの製造を開始。 1897年に有田への鉄道が開通すると、有田からダイレクトな輸送が可能になり、「伊万里焼」から「有田焼」と呼ばれるようになります。 原材料となる上質な岩石があったこと。中国の内乱により輸出需要が増えたことで、急速に技術が進化。ヨーロッパ貴族が好むもの、江戸庶民にも喜ばれるもの。その時代に応じた有田焼をつくり続けてきました。 1985年には、伝統を継承するために、佐賀県立窯業大学校を開校(2016年に国立佐賀大学に統合)。伝統的な有田焼のデザインだけではなく、新たなデザインを生みだし、世界最高強度の磁気材料の開発を続けるなど、現在も進化し続けています。

日常に彩りを加える、おすすめ有田焼5選

有田焼の特徴や歴史について、おわかりいただけたことでしょう。特徴や歴史を知ると、実際にどんなものがあるのか、知りたくなるのではないでしょうか。 ここからは、食器としてだけでなく、美術品としても手元に置いておきたい有田焼のうつわを5つ紹介していきます。

八重桜文なぶり鉢 フレア形

ひとつめにご紹介するのは、陶芸家・小畑裕司さん制作の、フレア型の鉢に描かれた精巧な桜が目を引く、「八重桜文なぶり鉢 フレア形」(価格400,000円 )。 有田焼 白磁絵付け 小畑裕司作 透き通るような白磁に、繊細な筆のタッチと独特の色(オバタピク)で手描きした桜の絵柄の、一点もの作品です。

手書きから感じる温かみ「染錦葡萄絵6角鉢」

続いては、有田焼窯元 舘林喜助工房の陶芸家・舘林喜助さんの作品、「染錦葡萄絵6角鉢」(価格38,000 円 )。 こだわりは、昔ながらの手描き。ひとつひとつのうつわに丁寧に手描きしています。さらに上質な陶土で作られるうつわは、なめらかで美しい白い地肌。丈夫で長く使えるような飽きのこないデザインを意識しているそうです。 六角形の鉢に描かれているのは、焼きものの定番として愛される、ブドウ。藍色が映えるデザインは、食卓で長く活躍してくれそうな食器です。 直径約24.5cm、高さ約6cmと、ほどよい大きさで食卓に彩りを添えます。 また、電子レンジでも使用可能。「染錦葡萄絵6角鉢」に盛り付けて、電子レンジであたためられます。食洗器も使える便利な1枚です。

白滋に描かれる美しい絵柄「染付 花文 猪口揃」

人間国宝として知られる井上萬二氏に4年間ろくろの指導を受け、神奈川県の藤野町にご主人といっしょに白磁工房「静風舎」を設立。陶芸家・副島 微美子さんが、制作した「染付 花文 猪口揃」(価格44,000 円 )。 白磁工房「静風舎」を創業後、40年間ろくろ成形にこだわり、食器を中心に制作。「染付 花文 猪口揃」もろくろで成形し、呉須で下絵付けをしています。 呉須とは: 陶磁器の下絵顔料。青緑色を帯びるものとくすんだ褐色のものがあり、焼き上がると藍色となる。 参考:コトバンク 下絵つけとは: 陶磁器の素地に直接絵付けをすること。その上から釉薬をかけて焼く。 参考:コトバンク 美しい藍色で描かれた花が目を引きます。直径約8.3cm、高さ6.5cmと手になじむ大きさ。汁物や湯呑など、幅広く活用できる食器です。

伝統が培う逸品、白磁丸湯呑(大)

続いては、有田焼・伊万里焼窯元 矢鋪與左衛門窯の「白磁丸湯呑(大)」(価格12,100 円 )。 矢鋪與左衛門窯は、伝統の技法を受け継ぎ、昔ながらの方法で製造。有田焼の素晴らしさを伝えています。熊本県天草産の陶石を厳選・精製した特上の土を用いて作られる湯呑み。一点の曇りがないツヤツヤとした表面は「美しい」のひと言に尽きます。 直径約7cm高さ約9cm、容量約300mlと湯呑みとして、ベストな大きさ。ふっくらとして適度な厚みがあるので、手にすっぽりと収まります。 美しい白で、やさしくあたたかみのある感触は、長く使いたいと思わせてくれます。

和と洋が融合した「藤のコーヒーカップ・ティーカップ」

最後にご紹介するのは、有田焼と洋風モダンな要素の融合を目指した作品づくりをしている、有田焼 絵付師小菅仁子さんの作品「藤のコーヒーカップ・ティーカップ」(価格39,800 円) 。 10年間の海外生活で西洋陶器の絵付けを習得。さらに有田焼の絵付け技術を学び、現在に至ります。 金で縁どられたティーカップに、和のテイストで描かれた藤が印象的。手書きで制作されています。 直径13.8cm、高さ7.2cmと、お茶やコーヒーがたっぷりと楽しめる大きさ。 和と洋が見事にマッチした「藤のコーヒーカップ・ティーカップ」で、優雅なティータイムがすごせそうです。

まとめ

この記事では、有田焼・伊万里焼の歴史や特徴、おすすめのうつわ5選を紹介してきました。 有田焼は、日本で最初に焼かれた磁器であること。かつて伊万里港から出荷されていたので、「伊万里」と呼ばれていたこと、などを解説してきました。 強い耐久性があり、丈夫。色鮮やかに描かれた美しい絵柄が、有田焼の特徴です。さらに大きく分けて3つの様式に分かれており、「古伊万里」、「柿右衛門」、「鍋島井藩窯」と同じ有田焼でも、様式によって作風がそれぞれ違います。 有田焼の製法は分業で作られていますが、工房によってはすべての工程を自ら行うこともあります。 つるんとしたきれいな白磁器に美しい絵柄を持つ有田焼。ひとつあると食卓が華やかになるでしょう。ぜひ、お気に入りの有田焼・伊万里焼の食器やティーカップを探してみてください。

プロフィール

陶芸家

小畑裕司Obata Yuji

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有田焼アーティスト。1961年 有田町にて生まれる。1984年 青山学院大学法学部卒業、1987年 佐賀県立有田窯業大学校製造学科卒業し、現在、二代目仁窯 窯主として作陶活動を行う。 柿右衛門を系譜に持ちながらも、特定の師につくことはせずに独自の道を切りひらいた小畑裕司は、ろくろ、焼成、絵付けまでの工程を、全て自身で行う。これにより、形、白磁の深い白、そして絵付けの色や柄が全て一体となった作品が生まれる。   小畑の創り出す色は特徴的で、特に「正円子」の絵の具を使って描き出す桜色は"Obata Pink"と呼ばれる。小畑の主要モチーフである桜は、小さな花びら一つ一つまで、きわめて微細なタッチで描かれ、全体として大胆な構図で描き出される。満開に咲き誇るさま、はかなく散りゆくさまは、繊細かつ妖艶だ。 天皇皇后両陛下にも献上した経験を持ち、日本工芸会正会員、有田陶芸協会会員、佐賀美術協会会友。

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陶芸家

舘林喜助tatebayashi kisuke

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有田焼窯元 舘林喜助工房では、今では少なくなりました、昔ながらの手画きにこだわり、一つ一つの器を筆で丁寧に総手画きしています。また、上質な陶土を使用して、より澄んだ白い地肌と使い易く丈夫な形状のデザインで親子代々、長年使い続けられる器を目指し日々、有田焼の制作を行っています。  昔ながらの手法を守りながら、現代の家庭に合わせた舘林喜助工房の器で、お客様また、大切な方々の日々に温もりと優しさ、華やぎを添えられれば幸いです。忙しい毎日のほっとしたい時間、特別な日に舘林喜助工房の器をどうぞ。

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陶芸家

副島 微美子soejima mimiko

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白磁の人間国宝・井上萬二氏に4年間ロクロ指導を受けたのち、夫と共に白磁工房「静風舎」設立。 40年間ロクロ成形による食器を中心に制作。 現在は丸善日本橋店、新宿高島屋等で個展活動。

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有田焼・伊万里焼窯元

矢鋪與左衛門窯Yashikiyozaemongama

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一口に有田焼の窯元といっても、各々その特徴はさまざまです。ここでは、矢鋪與左衛門窯を特徴づける要素のひとつひとつを解説していきます。 白磁とは白素地に無色の釉薬をかけ、高温の還元炎で焼き上げて作る磁器のことです。その歴史は古く、6世紀の中国に起源が求められるともいわれます。以来、その美しさと希少性から、宮廷や大名間の贈答品としても珍重されてきました。 日本において現代に連なる磁器のルーツは16世紀、朝鮮半島から来た陶工によってもたされました。当地、有田の泉山で白磁に適した磁石を含む地層が見つかり、当時から白磁は焼かれ続けてきました。そのため有田は日本磁器発祥の地と呼ばれています。 絵付をせず、その造形で作家の世界を表現する白磁は「ごまかしがきかない」といわれます。磁器ロクロを習得するのに膨大な時間を要するのに加え、ほんの少しのキズ、たったひとつの降りものでも作品としては成立しなくなります。 一口に有田焼といってもその作られ方は一様ではありません。「小物」と呼ばれる分野の場合、大きく2つに分けられ、それぞれ「内山の技法」、「外山の技法」と呼ばれています。 泉山から採掘された磁石(じせき:磁器をつくる土の原料)のうち、質のよいものは内山で卸され、そこでは主に美術品や贈答品が作られました。外山では比較的庶民向けの焼き物が作られたといわれています。 内山の技法はロクロのみで成形をやり終える技法です。径の大きさや高さはもちろん、曲線の角度や大きさまでも揃えるには相当の技量を要します。この技法を身につけるために、ロクロ師は身を粉にして鍛錬を重ねます。 昔は有田焼の技法の中核を担っていた内山の技法ですが、実は現在ではほとんど伝承されていないというのが現状です。 矢鋪與左衛門窯では、今では失われつつある伝統の技法を忠実に受け継ぎ、昔ながらの有田焼の美しさを現代に伝えています。生命あるものはその環境に応じ生成発展しようとします。これが生命の神秘です。 生命なきものは外力を加えない限り永久にそのままです。その生命を吹き込もうと技術の粋を尽くし心を植えつけようと皆それぞれに苦心し、それゆえここに工芸の妙味があります。 当窯の作品は熊本県天草産の陶石を厳選・精製した特上の土を用い、肥前有田に伝わる技法をもってロクロを回し、焼成したものです。 どうか末永くご愛用下さいませ。

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有田焼・伊万里焼作家

香仁 | 小菅仁子Kajin-Kosuge Satoko-

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10年間の海外生活を経て様々な国の陶器に出合い、その強い影響を受け西洋陶器の絵付けを習得。いつからか和の要素を取り入れたデザインを中心とした制作、さらには日本の伝統工芸、有田焼の絵付け技術を学び今に至っております。海外から日本を見つめ、日本の伝統工芸の美しさに強く魅せられ、その精神と技術がいつまでも絶えることなく続いていくことが大切だと感じています。 現在は有田焼と洋風モダンな要素の融合を目指した制作をしています。 陶絵付け学院「原宿陶画舎」師範科卒業。ポーセリンアーティストの認定を受ける。 日本ヴォーグ社 有田焼上絵付講師資格認定を受ける。 JPAC(Japan Porcelain Artist’s Club)設立に参画

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