2024.06.04更新
「何の変哲もない形だからこそ、技量が露骨に出る」
陶芸家
飛
陶芸家と鍼灸師。二足の草鞋を履く異色の陶芸家・飛さん。そのふたつに共通するのは「研ぎ澄まされた繊細な指先の感覚」。その指先から生み出されるのは、持つと「うわぁ」と声が上がるほどに、軽くて使い勝手の良い器。下準備が9割というほどに、一見地味な作業に重きを置き、技術の研鑽に励む飛さん。「使い勝手の良さ」を追及する飛さんに、その制作にかける思いをうかがいました。
陶芸を始めたきっかけを教えてください
飛さん(以下、飛):当時住んでいた東京・稲城市に陶芸教室があって、そのチラシを見た母のさりげない一言がきっかけだったんです。「小さい頃からどろんこ遊びが好きだったから、一回行ってみたら?」って。それで試しに行ってみたら、童心に帰っていくのを感じて、すぐに夢中になりました。
僕は、高校を卒業したあと、鍼灸の専門学校に行き、21歳で免許を取り鍼灸師として働き始めました。陶芸教室に初めて行ったのが22歳の時です。それから10年、鍼灸師として週5日働き、残りの1〜2日に陶芸をするというスタイルが続いています。
鍼灸の仕事も始められたばかりで、陶芸を続けるのは難しくなかったですか?
飛:自分にとってはちょうど良いバランスだったみたいです。鍼灸の仕事が休みの日には、昼すぎから土に向かいはじめ、そこから集中してずーっと作業をしています。大体、終電ギリギリまで作業をするか、そのまま明け方までやってしまうこともあります。 長いと15時間くらい続けて作業しますね。ろくろを挽くのが好きで、始めると止まらなくなります。
陶芸教室の土が信楽のものだったので、基本的にはその土を使っているのですが、黒土を使ってみたり、釉薬も、色々な組み合わせを試してみたいなと、次から次へとやりたいことが出てきて終わりがないですよね。初めは趣味と思ってやっていたのですが、段々と本腰を入れて取り組むようになって。あっという間に10年経ちました。
今では委託販売をしていただいたり。それから、飲食店に使ってもらうことが多いです。居酒屋さんやフレンチのお店などで、使い倒してもらって(笑)。お店に行った時などに、使用感を聞いて、また作り直す。器が使われる状況に合った、使いやすい器を作りたいと思って制作をしています。
「変哲のなさに、技術を込める」
ご自身がSNSにアップされている作品は、計りに載せて重さを同時に撮影されているものが多いですね。どんな思いがあるんでしょうか?
飛:作品を作る時、『使い勝手が良い』ということを大切にしています。人に使ってもらう時、「軽い」と言って喜ばれることが多かったんです。数値化できてイメージもしやすいので、一つの指針にしています。
軽い器を作るのは技術的に簡単ではないですよね?
飛:そうですね。薄くしすぎると変形しやすく、穴が開くなどのトラブルに繋がります。なので、作ったものの半分以上を切って断面を確認し、どこまで薄くできるのか調べたり、かなり研究しました。
なるべく薄く仕上げるために大切なのは、土の中の水分が均一なこと、そして土の中に余分な空気が入っていないことです。そのためには下準備の練りの作業が大切で、下準備は作品の完成度の8〜9割を左右すると思っています。
まず粘土を「荒練り」する段階でかなり時間をかけて練り、水分量を均一にします。その後の「菊練り」では、時間をかけ過ぎると今度は水分が飛んで土が乾き、空気が入りやすくなるので、手早く行います。次にろくろに載せて「土ごろし」をする段階で中の空気を出して、土が良く締まった状態を作ります。
そうやって入念に準備した土を、いよいよ成形する訳ですが、どんなことを大切にされていますか?
飛:無駄がないものを作る、ということです。
湯呑みなら湯呑み、茶碗なら茶碗、それぞれの用途に合った無駄のない形があって、それが使い勝手の良さにつながると思っています。一見何の変哲もない形になるのですが。
その無駄のない形を、無駄のない動作で作りたいんです。用意した土を全部使い切るとか、ろくろで成形した後に削る量を最小限にするとか。無駄を出さないためには、やっぱり技術が必要です。
「陶芸家と鍼灸師、体でつながる2つの仕事」
鍼灸のお仕事と並行して陶芸をされていることの影響ってありますか?
飛:両方とも、指先の感覚が研ぎ澄まされていないとできない。そういう点で共通しています。
それから、陶芸は長時間体を使い、腰に負担がかかりやすい仕事です。鍼灸師として、それを防ぐ知識を持っているのはありがたいことだと思いますね。
陶芸家の方で、腰痛持ちという話はよく聞きますね。
飛:職業病ですよね。まずは、ろくろと体の位置関係が大切です。どこかに負担がかかる姿勢になっていないかどうか。それから、作業している間、1時間くらいに一度はストレッチをして体を動かすようにしています。股関節を動かしたり、腰をグーでトントンと軽く叩いて刺激を入れるのも、痛みの緩和になって良いですね。作業の間に体を冷やさないようにするのも大切です。土や水など冷たいものを触るので、どうしても体が冷えやすいんです。
あとは、予防的な部分を普段の生活の中で意識して行っています。
土を捏ねたり、ろくろに向かったり、長時間、前傾姿勢でいることが多いですよね。その時大切なのが、腸腰筋(※上半身と下半身をつなぐ筋肉)という筋肉です。この筋肉を上手く使うために、筋力をつけることが必要なのですが、生活の中で鍛えることができるんですよ。
どんな風に鍛えるんですか?
飛:例えば、段差の上り下り。これが良いエクササイズになるので、僕は通勤の時に、駅の階段を一段飛ばしで登るようにしています。その時、なるべく足を高く上げるように意識するのがポイントです。そうすると、大腿四頭筋(※太ももの前面の筋肉)や、大腿二頭筋(※太ももの後面の筋肉)といった筋肉も同時に鍛えられるのでおすすめです。
鍼灸と陶芸って全く別のジャンルのようでありながら、どちらも体を使うという点でつながっています。
「陶芸✖️鍼灸 新しい可能性の場を目指して」
これからの創作ではどんなことを目指していかれますか?
飛:まずは、器を手にしてもらう方に「なるほど」と納得してもらえるものを作ることです。手作りの器は、どうしても価格が高くなりますよね。僕が作る器は、何の変哲もない形です。変哲もない形だからこそ、技量が露骨に出る。それがちゃんと伝わって、「なるほど」と納得してもらえるかどうか。そのための技術を追い求めていきたいと思っています。
作品は基本的には全て一点物にしています。人間の手作りなので、一つ一つ違って良いと思うし、その方が作っていて楽しい。そうした色や表情の違いを楽しんでもらえる物作りができたらと思います。
鍼灸のお仕事も続けていかれるんでしょうか?
飛:どちらか一つではなく、両方を続けていきたいですね。
将来の可能性としては、陶芸教室と鍼灸院を掛け合わせた場所ができたら面白いなと考えているんです。自分自身の陶芸の技術を誰かに教えたいという気持ちもありますし。陶芸をやりながら、体の不調を予防したり、治療する。そんな場所ができたら最高ですよね。
自分自身の経験をもう少し積んで、それから貯蓄も必要だし。その状況をみながら、将来はそんな夢を描いていきたいと思っています。
最初に何気なく陶芸を勧められたお母様もびっくりされているのでは?
飛:そうですね。作品を見せると、「またやけに薄いの作ったね〜」なんて言って。母なりに喜んでくれていると思います。 実は、鍼灸を勧めてくれたのも母なんです。「こういうのあるから行ってみたら?」ってこれも何気なく。幼少期に喘息があったので、自然治癒力を高めることに興味があって、これも仕事になりました。母は案外、僕の特性をよく見抜いているかもしれないですね(笑)
プロフィール
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飛tobi
東京都稲城市にある工房で作陶してます。手作りの温かみと絶妙な使用感を日々追求しております。驚くほど軽量な器から重厚感のある器まで幅広い作品の制作をしております。 土の産地や釉薬(ゆうやく)、重さ、サイズ、焼成方法について、「あなただけの一点ものを届けたい」という思いから、あえて一度作ったものは作らないという「一点もの主義」をモットーに作陶しています。 陶器とは思えないほど軽く日常的に使いやすい作品作りを心がけています。大手量販店の超軽量といわれる陶器より1〜3割軽く成形出来る技術を使用しつつも、手にとった瞬間の馴染む感覚や陶器としてのあたたかみ、口当たりの良さが特徴です。 一点ものとしての意識を大切に制作しているため、各種レストランでも食事に合わせて商品をご使用いただいています。一つひとつ違うからこそ、あなたの食事や生活に合った食器を楽しんでいただけたら嬉しいです。
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