2024.06.03更新

砥部焼の伝統を守り、受け継がれた142年の歴史と、今後の展開に迫る

「四国一の焼き物の里」とも呼ばれる愛媛県伊予郡砥部町は、今から約240年前から続く砥部焼の産地。現在は80軒ほどの窯元があり、古き伝統を守りながらも、各々の持ち味を生かした作品を作り続けている。 そんな砥部焼のなかで最も古い歴史をもつ「梅山窯(ばいざんがま)」は、創業142年。代表取締役兼社長の岩橋和子さんに話を伺った。伝統ある窯元を継承するうえで、どのような思いを抱いているのだろうか?

「一つ一つ手作り、手描きが梅山窯の持ち味」 

梅山窯さんの砥部焼の特徴や、こだわりを教えていただけますか?

岩橋さん(以下、岩橋):砥部焼の窯元は職人が1〜2人で営むところが多いなか、うちは一番大きな窯元といえるかもしれません。そんな梅山窯では現在、約30人ほどのスタッフで砥部焼を作っています。一つ一つの器に筆で絵をつける「一筆書き」という技法が、歴史の中で受け継がれてきました。そして砥部焼特有のぽってりとした厚みは、丈夫さの証。欠けやひびが入りにくく、ちょっとやそっとじゃ割れないんです。 素朴で美しく、丈夫で温かい。まさに砥部焼にしか出せない味わいが、愛好家に高く評価されています。

長い歴史のなかで、困難や危機を乗り越えたことはありますか。

岩橋:そうですね…創業は明治15年。第二次世界大戦前は東南アジアへの輸出が8割だったと聞いています。第二次世界大戦後、輸出が途絶しました。そんななか、砥部焼の再建を図ったのは、戦争から戻った先代社長の梅野武之助氏でした。当時、民藝運動を提唱した柳宗悦さん・陶芸家の浜田庄司さん・富本憲吉さんが砥部町を訪れた折にご指導を賜り、手作り・手描きという梅山窯独自の技術と技法の原型が完成したんです。

筆で描かれる文様も、こだわりの1つですか?

岩橋:白地の器に藍色の染料で描く素朴な色合いが特徴ですね。唐草、太陽、なずななど、自然の草花をモチーフにした文様が、梅山窯独自の持ち味です。明治末期より、近代化に遅れましたが「もう一度磁器創業当時の原点に戻り、砥部焼の歴史を一緒に作っていきたい」という先代社長の思いがあります。シンプルながら奥深い文様を、ぜひ味わっていただければ幸いです。

「伝統的な手描きだからこそ、同じものは何1つ無いんです」

先代、先々代からの教えで、大切にしているものがあれば教えてください。

岩橋:つけたての一筆書き(梅山様式)という技法を守り続けています。手作り、手描きだからこそ、全く同じものは1つとしてありません。職人の味が滲み出る、さまざまな表情が楽しめると思います。

手仕事ならではの温かみがある一方で、出来上がるまでにかなりの時間がかかりそうですが…。

岩橋:そうですね。梅山窯の砥部焼ができるまでは、だいたい2週間から1ヶ月ほどかかります。絵付け以外の部分も、ほぼすべてが昔ながらの手作業。 まずは陶石を専用の機械で粉末にし、不純物などを除いて陶土を作り、陶土をろくろや鋳込み型で形作っていきます。 次は、型やろくろから外した器を整える作業。余分なところを1つずつ削るのももちろん手作業で、マグカップなどの取っ手はこの行程で取り付けます。 ここまでできたら2〜3日乾燥させて強度を与え、専用窯での素焼きですね。940度で22.5時間。焼き上がっても、温度が下がるまで待つ必要があるので、すぐに取り出せるわけではありません。
続いて、下絵を付けます。顔料はコバルト化合物を調合した、呉須(ごす)と呼ばれるもの。職人の手によって1つ1つ、つけたての一筆書きで丁寧に描かれます。 本焼きは釉薬(ゆうやく)と呼ばれる上薬をかけてから。こうすることで、表面がつるつるの光沢ある仕上がりになります。 本焼きは1230度で約22時間。藍色の文様の製品はここで完成ですが、赤黄緑黒の色を使うものはさらに上絵付けを行い、780度で7時間ほど焼いて完成。 これが、梅山窯がずっと継承してきた砥部焼の技法です。時代が変わっても、先代の教えは守り続けていきたいですね。

「伝統を守りつつ、新たな時代をどう生き抜くか」

伝統ある窯元を継承するにあたり、どのような思いがありますか?

岩橋:やはり、梅山窯元を自分たちの代で終わらせたくないですね。140年以上続いているという、長い歴史がありますから。2020年頃にはコロナの影響が世界中に出て、世の中も停滞しました。国が呼びかける自粛や制限などで、うちの職人たちにとってもストレスがあったでしょうし…。他の窯元も砥部焼のワークショップや展示会などのイベントも思うようにできない年が続き、我々のような伝統工芸の業界も、打撃を受けなかったといえば嘘になります。 そんな苦難の時期を乗り越えて、ようやく世の中も動き出した今だからこそ、新たな課題に向き合う必要も出てきましたね。

新たな課題とは、どういったものでしょうか?

岩橋:忘れてはいけないのは「良い作品を作り続けること」。 品質を落とさず、伝統を守り続けるのはもちろん大事なこと。一方で、砥部焼の世界で生き残るためには、変わりゆく時代のなかでどのような製品が求められていくのかを考えなければなりません。 となると、新しい時代に向かっていくための人材育成が一番の課題といえますね。

課題解決に向けて、梅山窯元さんが行っているアプローチはありますか?

岩橋:正直、これまでのやり方で人材を探すのは難しいですね。だからこそ、情報発信の努力をしています。一人でも多くの方に砥部焼の良さや梅山窯の歴史を知ってもらい、この歴史ある伝統文化に興味を持つきっかけになればと思います。

「今も変わらぬ『用と美』の追究。生活の身近な存在に」

今後の事業展開で力を入れていることを、差し支えない範囲で聞かせてください。

岩橋:課題と重なる部分がありますが、注力すべきはやはり人材育成ですね。特に、次世代を担う若い世代。砥部焼という歴史的産業に携わる人材も高齢化する一方ですから、若い方たちに繋いでいかないと次の世代へ伝えていけないと思うんです。 とはいえ、デジタルの時代を生きている彼らにとって、あらゆるものが自動化・量産されることが当たり前。手仕事による、手間隙かけた「もの作り」に対しては、いまいちピンと来ないかも知れません。 うちで働いているスタッフたちは、20代〜60代まで年齢層はさまざま。手作業の一つ一つを習得するには熟練した技術を要しますから、最低5年…もしくは10年ほどは修行を重ねてもらわなければなりません。

職人への長い道のり…「伝える側」も大変なのではありませんか?

岩橋:そうですね。生きてきた時代が違えば、受けてきた教育も違います。昔のように職人気質な感覚で教えようとしても、今の若い方には通用しにくい気もしますしね。 こればかりは、これからも試行錯誤が続くのではないかと思います。

最後に、これから目指していきたいものは何かありますか?

岩橋:人材不足などのさまざまな障壁はありますが、砥部焼が日本の誇る伝統文化として、世界へ羽ばたければ幸いですね。繊細で込み入った手作業は、日本人だからこそできるものだと思っておりますので…。 昔から変わらず目指しているのは「用と美」。手作り品でありながら手頃な価格で販売しているのは、普段の生活のなかで砥部焼を身近な存在にしていただきたいからです。食卓皿や湯呑みなどが日用品として役に立ち、かつ梅山窯だから出せる砥部焼の美しさを追究する姿勢は、時代が変わっても忘れずにいたいですね。
梅山窯さま売店のお写真