2023.12.26更新

「実物の桜ってもっと白いでしょ、でも桜のイメージはピンクだからそれを大事に描いてます」桜の作品に込める思いに迫る

陶芸家 小畑裕司

桜が繊細に描かれ、ピンクの発色が美しい有田焼のうつわ。「ここにしかない桜がある」。そんなふうに見る人を魅了する作品を生み出すのは、陶芸作家の小畑裕司さん。小畑さんが描くピンクの桜は、"Obata Pink"と呼ばれ、海外でも人気を集めている。ニューヨークで個展を行い、制作にも変化があったという。小畑さんがピンクの桜を描くようになったきっかけや、作品に込める思いなどをうかがった。

一人前の陶芸作家になりたかった

陶芸との出合いや、作品の制作を始めた経緯を教えてください。

小畑裕司さん(以下、小畑):うちは、代々家業で有田焼の制作をしていました。幼い頃からうつわに触れて過ごしていたので、陶芸には自然に興味を持つようになった感じです。子供の頃から親と一緒に窯を焚いたり、作品の包装や梱包の手伝いをしたりしていましたよ。 大学を卒業して東京でサラリーマンを少しした後、佐賀県立有田窯業大学校に行きました。有田焼の制作の専門学校です。そこで2年間、デッサンや窯の焚き方など基礎を一通り習いました。本格的に制作を始めたのは、その学校を卒業してからです。 ろくろで形を作るところから始めて、ちゃんとした形にできるまでに数年かかりましたね。
ろくろで制作している様子①
ろくろで制作している様子②

そういった強いお気持ちはどこから来ていますか?

小畑:僕は小学生の頃から陶芸作家になりたかった。それで、そうなるためにはどうすればいいのかって、ずっと考えていたんです。曽祖父の代から会社を経営していて、親は人を雇って作品を作らせていました。だけど、自分はそうじゃなくて、陶芸作家として生きていきたい。陶芸作家なら一人ですべての作業ができないと、人は陶芸作家と認めてくれないんじゃないかという思いがあって。それで技術を身につけて、全部できる作家になりたいと心から願うようになりました。 経営者的な親とは違う生き方がしたかったんです。

ひとつの絵の具との出合いから、唯一無二の桜が生まれた

ホームページで桜の作品を見ました。うつわの中で桜が生きているかのようで惹き込まれました。

小畑:季節に応じて何種類かの花を描いていますが、僕の作品の中心は桜なんです。モチーフにしたのは、桜が一番好きで、国花で、男女ともにお好きな方が多いから。個展は今でも6、7割の作品が桜じゃないかな。ピンク色の桜ですね。 もともと有田では、他の作家さんが赤とか白の絵の具で桜を描いていました。僕もそうしていましたが、ある時「正円子(しょうえんじ)」というピンク色の絵の具に出合いました。そのピンクの色が、桜に一番合うって直感的に思ったんです。それから使い始めて、もう25年くらい正円子でピンク色の桜を描いています。

桜のピンク色の発色がとても綺麗です。海外では"Obata Pink"と呼ばれているんですね。

小畑:ソメイヨシノもそうですが、実物の桜ってもっと白いでしょ。でも、きっとみなさんの桜のイメージはピンクですよね。そのイメージを大事にしていて、絵の世界でアレンジして描いている感じです。海外でも、僕は「ピンクの桜を描く作家」というふうに見られていますね。 過去に個展で一度、全作品を桜で出したことがありますよ。百数点の作品すべてを。それは自分で意図して発表したものです。そういったことも、ピンクの桜を描く作家という僕のイメージにつながっていると思います。今ではピンクの桜を描くことがライフワークになっていますね。

制作に使用する道具にもこだわりはありますか?

小畑:制作するときに使う道具は、ほとんど手作りしているんです。制作では、へらや、通称「とんぼ」と言われる道具をよく使っています。へらは、うつわの内面に沿うようにカーブ状に作っています。うつわの内面を綺麗に整えるための道具ですね。とんぼは、同じ大きさの作品を複数作るときに、うつわに当てて横幅と深さを揃えるために使用しています。それと、道具にはスティック状の棒があります。花瓶などは口が小さくなると手が入らないので、その棒の先端を使って底の部分に膨らみをつけていくんです。とても便利ですよ。
『枝垂桜文丸花瓶 赤書 総柄』

ニューヨークの個展後、作品に変化も

海外でも個展をされていますね。海外の方の反応はいかがですか?

小畑:コロナ禍前ですが、ニューヨークで3回、ハンガリーでも個展をやりました。有田焼はもともとヨーロッパでは人気があったんですけど、ニューヨークでも反応は良かったです。「ワンダフル」とか、「ファンタスティック!」とか言ってもらえてうれしかったですね(笑)。ニューヨークでは最初に個展をしたときに、魚の作品も出しました。魚と桜を対比するような感じで。それも、ニューヨークの方には新鮮に映ったみたいです。桜より、魚のほうが気楽に楽しんで描けるんですよ(笑)。遊び心で描けるって感じかな。
魚が描かれた花瓶
個展風景

海外での個展を経て、制作に変化はありましたか?

小畑:海外で個展をやるようになって、絵の色合いがだんだん濃くなってきました。昔は薄かったんですけどね。はっきりと明るく描くようにもなりました。海外では華やかな作品が好まれる傾向にあるんです。それと、前は桜の花の縁取りは全部黒で描いていましたが、赤で描くことが増えましたね。 作品の形も随分変わってきています。日本では食器など、使うことを前提にした作品を作るので、普通の形状がほとんどです。でも、海外で求められるのはアート作品。置いて楽しめる作品です。それは必ずしも使わないので、形をゆがめたり押したりして、作品を作ることができるんです。僕の作品に三つ折りの鉢がありますが、それもニューヨークの個展に合わせて作った作品です。

陶芸以外のものからインスピレーションを受けることはありますか?

小畑:制作を続けていくためにはいろんなものを見ることが必要だと思っています。絵画を観たり、実際の桜を見に行ったり。和服(着物)からもインスピレーションを受けることがありますよ。スマホがない時代は浮かんだアイデアを書きとめていましたね。今は写真を撮って残しています。着物の柄に影響を受けることが多いかな。桜の柄じゃなくても、こういうデザインの入れ方は面白いなとか、これが桜になったらどうなるのかなという感じで見ています。

ピンクの世界を堪能していただきたい

制作をしていてつらいことは?

小畑:作品を思い通りに作れても、割れることがよくあることですね。本焼が1300度で、絵付け後に780度で焼いているんですが、1300度で耐えたものが780度で割れることがたまにあるんです。絵付けした後だと最後の最後だから余計悔しいじゃないですか。割れても落ち込まないように1つの作品を作るために3つくらい用意しています。それと、通説では窯で温度を上げていく時よりも、温度が下がってくる時のほうが割れる可能性が高いと言われているので、作品が急速に冷えないように工夫しています。大きな作品を焼くときは、その間に小さな作品を入れてじんわり冷めていくようにしていますね。

長く制作してこられて、お客様が求めるものに変化はありますか?

小畑:最近は皿にしても花瓶にしても、小さくて凝った作品をお求めになる方が多いですね。マンションが増えたこともあって、置くスペースがないという声をよく聞きます。 それに核家族化が進んで、家に人を招いて食事する機会も減っていますから、食器の数はそれほど必要ないですよね。こだわりがあって自分が好きなものを少しずつ集められている感じかな。 2011年に東日本で地震があってから、お客様はどんどん使うという思考に変わりました。うつわをしまっていて壊れた経験がおありの方は、使って後悔しないようにという思いがあるんでしょうね。

今後の制作活動への思いをお聞かせいただけますか?

小畑:有田ではピンクの色合いを表現する人は少ないので、僕のピンクの桜の世界をぜひ堪能していただきたいです。最近では僕の赤色を用いる絵もお客様に喜んでもらえていますので、今後は桜の花びらの縁取りを赤い線で描くなど、より繊細に、そして優雅に桜を表現していきたいですね。 あと、息子(長男)が制作を始めたから一人前になるのを楽しみにしていて(笑)。今30歳ですが、自分の作品を自分で売ることもできるようになってきました。 いつか、息子と親子で個展ができればいいなと思っています。
コーヒーフィルターは人気がある作品の1つ

プロフィール

陶芸家

小畑裕司Obata Yuji

つくりて詳細へ

有田焼アーティスト。1961年 有田町にて生まれる。1984年 青山学院大学法学部卒業、1987年 佐賀県立有田窯業大学校製造学科卒業し、現在、二代目仁窯 窯主として作陶活動を行う。 柿右衛門を系譜に持ちながらも、特定の師につくことはせずに独自の道を切りひらいた小畑裕司は、ろくろ、焼成、絵付けまでの工程を、全て自身で行う。これにより、形、白磁の深い白、そして絵付けの色や柄が全て一体となった作品が生まれる。   小畑の創り出す色は特徴的で、特に「正円子」の絵の具を使って描き出す桜色は"Obata Pink"と呼ばれる。小畑の主要モチーフである桜は、小さな花びら一つ一つまで、きわめて微細なタッチで描かれ、全体として大胆な構図で描き出される。満開に咲き誇るさま、はかなく散りゆくさまは、繊細かつ妖艶だ。 天皇皇后両陛下にも献上した経験を持ち、日本工芸会正会員、有田陶芸協会会員、佐賀美術協会会友。

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