2023.12.26更新

「暮らしの中で使われ一緒に育っていくうつわであれば嬉しい」食のうつわをつくる喜びが陶芸の道の原点

陶芸家 松本尚子

「ぽくぽくもこもこざらざらん 土の声を拾いたい」 島根県松江市の松本尚子さんの工房「陶風舎」のWEBサイトを見たとき、この言葉が最初に飛び込んできた。 東京で会社員をしているときに趣味で始めた陶芸。自分の作品を食卓で使える「食器」をつくる楽しさにはまり作家の道を志した。大学時代を過ごした島根にIターンし、松江市の工房に外弟子として入り、陶芸の勉強を始める。そして自身の工房を持つ夢に邁進し「陶風舎」を開窯した。 今回は松本さんに、作品へのこだわりや「土の声を拾う」ということ、工房「陶風舎」についてうかがった。

陶芸の道の始まりは工芸に理解のある土地、島根を選んだ

陶芸を仕事にすることに不安はありませんでしたか。

松本尚子さん(以下、松本):ものすごく不安でした(笑)。本当に陶芸で食べていけるんだろうかと。 私が陶芸を始めたころはインターネットなどありませんでしたから、お師匠さんについて勉強する以外思いつかなかったんです。今は窯業訓練所や美大を出てすぐに独立する人がほとんどだと思いますが、私は師匠の工房で、体験教室の手伝いなどしながら7年間勉強しました。 兵庫県出身、仕事は東京で、大学時代を過ごしたという以外島根との繋がりはありませんでした。それでも陶芸を始めるのに島根を選んだのは、島根は工芸に理解のある土地だと感じていたからです。民芸が発達していて、土地の方々はそれを生活に取り入れている。それで、知り合いに片っ端から手紙を書き、お師匠さんの工房に外弟子として入りました。 縁故の無い自分は、この土地に受け入れられるのか、生活していけるのかと最初は考えましたし、大変なことも多かったですね。

独立のタイミングには何かきっかけがあったのでしょうか。

松本:陶芸を仕事と決めたときから、ゆくゆくは自分の工房を持って好きな作品をつくりたいというのが目標でした。なかなか見つからなかった、工房として理想の場所が見つかったのが一つのきっかけだったと思います。 独立前に師匠から「独立してやっていくならオリジナリティーあふれるものを作らないといけない」と言われ、最初は焼き方や釉薬の使い方などを意識して変えました。師匠の元では長い時間を過ごしましたし、作風は大好きですから、やはり作品の影響は受けますよね。 今ではしっかり私なりの作品になり、毎日コツコツつくっています。日々8時間は土に向かっていたいのですが、工房では雑務も多くそうもいかないのが悩みですね。
工房に並ぶ作品①
工房に並ぶ作品②

私の好きが詰まったうつわで、生活に彩りを添えることを目指して

作品をつくるときにこだわっていることはどんなことでしょうか。

松本:食器、食のうつわをつくるのが好きだし楽しいんです。暮らしの中で使われて育つうつわ、一緒に育っていくうつわであれば嬉しいと思い、そこを目指しています。だからどんどん使って欲しい。 お客様がうつわに料理を盛った写真を送ってくれることがあるのですが「うちの子達頑張ってる!いい仕事してるじゃん!」と思ってほんとに嬉しくなります。 使い勝手やサイズ感が良く、でもちょっと面白くてお洒落。食洗器や電子レンジも使える丈夫さも心がけています。 うつわを使うことで楽しい時間を過ごしたり、食卓が華やかになったり、普段の生活に彩りを添えられるようにと願っていますし、一番大事にしたいことです。

デザインやアイデアはどんなところから得ているのですか。

松本:一番は私が食いしん坊で食べることが好きということでしょうね。この料理に合うこんなうつわが欲しいと思いつくることが多いです。 あとは、囲まれて暮らしている自然、自分の経験や好きな物でしょうか。 枝・しずくや雪の模様などは自然から、定番の「ステッチシリーズ」や「SASHICO(刺し子)シリーズ」は、和裁士になろうかと思ったくらい大好きな裁縫からイメージしています。 また、お客様からこんなうつわが欲しいというリクエストでできることもありますね。ステッチシリーズはそれでどんどん種類が増えました(笑)。
ステッチシリーズの作品

作品の特徴はどんなところにありますか。

松本:ちょっとした模様を入れたものを好んでつくります。 「いっちん」といって、スポイトに白化粧土を入れて絞りだして模様を付ける技法がすごく好きでよく使います。ステッチシリーズや、SASHICOシリーズに取り入れているのが「いっちん」の技法です。 その他に「SERIES(シリーズ)白」などに使われている釉薬で絵を描く技法も使います。

土の声を聴き、その性格に合った作品を生み出したい

土や窯にはどんなこだわりがあるのでしょうか。

松本:島根の土も使いますが、信楽や岐阜など自分のつくりたい作品にあう土を選んでいます。土の性質は産地でも全然違いますし、同じ場所でも地層の端と端で違ったりするんですよ。作品のイメージによって土を濾したり、あわせたりしています。「ぽくぽくもこもこざらざらん」は私の中の土の感触そのままの表現なんです。 ざらざらの砂気のある鉄分の多い土は、ざらざらを楽しんで欲しくて素地をだしています。 ステッチシリーズはざらざら系の土を使っていますね。 また、ぽくぽく系は手にやさしくて、上品な感じのものをつくりたいときに使います。「SERIES白」はぽくぽく系の土で、釉薬で模様を描く技法です。 土の性格に合ったものをつくり出すのが「土の声を拾う」ということだと考えています。 窯は灯油窯と電気窯を使っていますが、炎と熱では焼き上がりが全然違います。灯油窯で冷却還元焼成をし、ざらみや深みが出る、渋い感じの土っぽいものも好きですし、上品な優しい感じに仕上がる電気窯を使い、釉薬で模様を描くのが今の私の新しいやり方です。 住宅事情で灯油窯を使う人は減っていますが、私は両方大事にしていきたいと思っています。
窯の中に並ぶ作品たち

日常の中で作品に対して刺激を受けるようなことは何かありますか。

松本:島根での作品展はもちろんですが、なるべく県外のクラフト展や展示会に参加したいですね。 特に出展審査が厳しい展示会などには、素晴らしい作家さんが大勢集まります。 「こう来たか。これかー!」なんて思うことも多くて凄く刺激をもらいます。 また先日、漆作家の方が陶芸体験にいらして、漆塗りに使ううつわを作ったんです。道具としてのうつわも面白いと思い、今張り切っていろいろ試しているところです。 機会があれば他の作家さんとコラボするのも面白いのではと考えています。

手仕事から生まれる作品を、日常で使う楽しみを知って欲しい

「陶風舎」とは松本さんにとってどんな場所なんでしょうか。

松本:工房名の「陶風」は春になると東から吹いてくる春風の「東風」にかけて、優しくてやわらかいイメージが良いと思いつけました。 「陶風舎」の舎は学び舎という意味があります。○○窯でも○○工房でもない「陶風舎」。そこにいろいろな人が来て一緒に学び合い、体が動く限りコツコツと良いものをつくり続けていきたいというのが、工房を立ち上げたときの思いです。「陶風舎」は私にとってまさに学び舎。今は技法や窯の焚き方、色などを試して少しづついろいろな変化に繋げていきたいと思っています。 また、一般の方向けに定期的に陶芸教室を開催したり、希望があれば陶芸体験などもして地域の方々や島根に来られる方とつながりを持つこともしています。 工房を立ち上げ20年以上経つと、毎日の仕事をこなすことに一生懸命になってしまい、ともすれば忘れがちなんですが、初心は忘れず歩みを止めずに続けていきたいです。
日常を彩る松本さんの作品

最後に、松本さんが作品を通して伝えたいことをお聞かせください。

松本:うつわに限らず、手仕事から生まれたものを使う楽しさ、そういう暮らしの楽しみを多くの方に知って欲しいと思います。 今は3DプリンターやAIを使ったものなど、たくさん新しいものがでてきますが、一つ一つ人間が手から生み出したものを、どんどん自分の暮らしに取り入れて欲しいですね。 手づくりの作品は工業製品とは違い、まったく同じものはできません。例えば陶芸で言うと、窯の炊き方や窯に入れる作品の数、釉薬の調合、温度や湿度などその時の条件によってできが違ってきますから、その作品とは「一期一会」なんですね。 そんな作品の形の美しさや面白さ、手触りなどを実際に手に取って楽しんでもらいたいと思っています。

プロフィール

陶芸家

松本尚子Matsumoto Naoko

つくりて詳細へ

島根県松江市小さな工房で、日々 土と向き合い器を作っています。 目指すのは暮らしの中で使われ育つ器 そっと思い出に残るもの。

続きを読む